バックバンドの楽しみ

ボクはボクの技術でこなせるものはなんでもやってみたいと常々思っている。
そんななかで職人的意味で面白いと思っているのは歌謡曲のタレントのバックだ。
だいたい本番の3時間くらい前に会場に入って楽器をセッティングしたかと思うと、タレントのマネージャーがやってきてその日にやる予定の楽譜を配る。そして、テンポや、1曲1曲のサイズ、つまり、この曲は1番を歌ったら、間奏が入って、サビを歌って終わり、とか、この曲は3番まで歌うとかを指示するのだ。
そのあと、タレントがやってきて、「おはようございます(芸能界では、朝でも晩でもあいさつは「おはようございます」だ)」とかなんとか言って簡単に挨拶をすると、すぐにリハーサルが始まる。
一旦リハーサルが始まれば、間違えようが、楽譜が譜面台からずり落ちようが構わずに最後まで通すことになる。
途中で難しそうなところをチェックしたりしながら、1~2時間くらい練習したら本番、まさに時間との闘いだ。
バックにやたら厳しいタレントもいて、テンポやピッチのくるいを細かく指摘してくるときもあるし、難しい譜面ばかりのときは終わったころにはもう汗びっしょり。
それでも、「きょうのバンドはとっても歌いやすくてよかった。」などと言われると嬉しいものだ。
こうしたタレントのバックは、自分のバンドで何カ月もかけて音作りをやるのとは違って、短時間で音楽を完成させるという独特の緊張感があって面白い。
それに、生のステージでは、思いがけなくテレビで聴くそのタレントの歌とは違った面が発見できる場合もある。
人気が先行しているとばかり思っていた人がスタンダードジャズを歌ったらびっくりするほど上手かった、ということもあるわけで、本当にアナドレナイ。
因みに、18年前に亡くなった青江三奈。
独特のハスキーボイスが人気で、歌の中の「あーん、あーん」という吐息のような歌詞(?)が入っていた「伊勢佐木町ブルース」を覚えている人もいると思う。
彼女は日本のヘレンメリルと言われていたそうだけど、実際彼女の歌った「You Be So Nice To Come Home To」は、へレンメリルのそれにそっくりだった。

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田部さん、プロにならないんですか?

ライブの後、楽器を片付けていると、お客さんから声をかけられることがある。
「今日のライブはなかなか面白かったですね。」とか、「あんなに長時間演奏して疲れないんですか。」とか、「楽器を始めてどれくらいになるんですか。」とかとか。
それらに交じって「田部さんはプロにならないんですか。」と聞かれることがある。
「ボクはほとんど毎日音楽をやってお金を稼いでいるんですよ。」と言うと、「へぇ、まるでプロみたいですね~。」ということばが無邪気に返ってきたりする。
普通のひとはテレビに出たり、雑誌に載ったりしているミュージシャンをプロミュージシャンと思っているようだから無理もない。
プロって何だろう!
プロと名乗っているミュージシャンでも奏でる音楽はいまひとつという人も当然いるし、アマチュアミュージシャンと言われている人のなかにも凄い才能を持っていて思わず引き込まれるような演奏をする人もいる。
ボクなりに表現すれば、プロのミュージシャンとは音楽で生きている人、ビシッと音楽と対峙している人だ。
ボクは、ミュージシャンは芸術家である前に職人だと思っている。
だから、本来ならば、他の職人、つまり料理人や植木職人と同じように職業として成り立っても不思議ではないと思っているけど、ミュージシャンの場合、現実にはなかなかそうはいかない。自分のやりたい音楽だけをやって生活するのは難しい。なかには、全く違うジャンルの仕事とかけもちという人もいる。
ボクの場合もジャズだけはなく、今まで、レゲエやブルースをやったこともあるし、歌謡曲のタレントのバックバンドをやったり、ローカル局の歌謡番組のバックやコマーシャルの音楽、ホテルで催されるパーティのBGM、デパートやスーパーの開店記念のデモ演奏、ナイトパブやクラブでやっているミュージシャンのエキストラなどなど、さまざまなことをやってきた。
ただ、今振り返ってみると、「自分のやりたい音楽」とは言えなかったいろんな経験のひとつひとつが、ボクの「やりたい音楽」の幅をひろげてくれた気がするし、ある程度歳をとると、「やりたい音楽」そのものが変わってくることもある。

ボクの人生のど真ん中にいつも音楽がある、・・・なんてね。

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ねずみ男、再び

町田謙介、通称ねずみ男。
彼が独特の凄い音楽的センスを持ち、かつ、気のいいミュージシャンというのは前にも話したと思う。北海道生まれで、美大出身という変わり種だ。
アベベのマスターをやっていたとき、ボクは釣りが好きで近くの川でよくフナを釣っていた。釣果を家族に示すため、一応家に持って帰るものの、フナは食べるわけにもいかず、そのまままた川に放していた。
ちょうどボクの家に居候していたねずみ男にそのことを話すと、彼は、「じゃ、池を作りましょう。」と言って、さっさとボクの家の庭に池を作ってくれた。
凄い!なかなかのクオリティー。
何でもできるし、フットワークがこれまた軽いのだ。
その彼が、ボクが北九州市立美術館アネックスでコンサートをすると言うと、ついてくると言う。ボクが主催するコンサートじゃないから、残念だけど出演させるわけにはいかないよと言うと、バンドボーイとして付いてくると言うのだ。
荷物を運んだり、楽器を動かしたりと、ねずみ男は、はつかねずみよろしく実にくるくるとよく動いた。
かいがいしく働いている彼をみていると、なんだか少しかわいそうになって、「休憩時間に少し演らせてもらったら?」と言ったら、これまた嬉しそうに、「いいんですか?」と答える。
休憩時間になってギターを片手に彼が歌い始めると、会場の空気が一変した。
例の太い、体の奥から絞り出すような声に、その場にいた人たちが皆引き込まれていくのがわかる。
美術館のスペースに異空間が出現した。
僕らミュージシャンも思わず聴き惚れるほどだ。
「う~、もってかれたな。」・・・・そうは思っても、悪い気はしなかった。
本当に彼の音楽は多岐にわたり、そのセンスは抜群だ。なんてったってとびきり面白いヤツなのだ。
町田謙介、今でもきっとどこかでライブをやっていると思う。
彼の名前を見つけたら、ぜひ一度聴いてみてほしい。

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ミステリアスビューティ

ボクがアベベのマスターをやっていたとき、いろんなお客が店にやってきた。
そのなかで、いつもカウンターに座ってコーヒーを静かに飲むとびきりの美人がいた。
知的な美人だけど、憂いを感じさせる面影はどこかのお嬢さんという感じでもない。
気軽に話しかけられる雰囲気ではないけれど、かといって他人を寄せ付けないというような冷たさもなかった。
ミステリアスな雰囲気のその美人は、ボクはもちろん、店に来る男どもの気になる存在だった。
どこの誰だろう? 
口にはしなくても、その美人が店にいるときは、ほかのお客がそれぞれ話しながらも彼女に意識を集中している様子がボクにも伝わってくる。
ある日のこと、その美人がやってきていつものようにカウンターに座った。
店にはボクとその女性しかいない。おーし、チャンスだ!
ボクは内心ドキドキものだったけど思い切って尋ねてみた。声も心なしか上ずっていたかもしれない。
「お近くにお住まいですか?」 ・・・こんなときは小倉弁が出ないもんだね。
すると、その女性はにっこり笑って、「前で踊っているんです。私」と言った。
「そうですか・・・えっ? ええーっ? えええーっ?」
アベベの前にあるのは、A級小倉劇場というストリップ劇場だ。
とすると、この美人はそこの踊り子さんということか。
きっと、このひと、いろんな意味で男どもを虜にするんだろうなぁ・・・
これまたとびっきりの優しい笑顔にボクはますますファンになった。
だけど、しばらくは「アベベのミステリアスビューティ」のまま、皆には内緒にしとこう。
それから、皆が「どこの誰だろう?」とあれこれ話すのを、ボクは随分長い間楽しませてもらった。

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