「キタヨウ」と、ねずみ男はやってきた

町田謙介というミュージシャンの話をしよう。
ボクがアベベのマスターをやっていたときのこと、突然ねずみ男と名乗る男から電話がかかってきた。「僕は東京から来たねずみ男という者です。アベベで演らせてもらえないでしょうか。」
そんなことを急に言われても無理だというボクに、「ライブとしてではなくてもいいんです。せっかく小倉に来たんで、どこかでやりたいんです。」控えめだけど有無を言わせない物言いで、ボクは押し切られるように承諾してしまった。

彼との約束の日、ボクはコンサートのために日田まで出かけていて、正直に言えば、彼が来ることさえ忘れていた。
コンサートを終えて店に戻ろうと、階段を上っていたボクの耳に(当時アベベはビルの3階にあったのだ)何ともイイ感じのソウルが聴こえてきた。
「アレ?こんなレコードあったっけ?」
そう思いながらドアを開けてびっくり。見知らぬ男が歌っていたのだ。
日本人離れした太い声、ハンドクラップだけの演奏に、店のなかにいた10人ばかりのお客さんはノリにノッていた。
ボクはサックスを持ったまま、その場に立ちすくんでしまった。
「あぁ、そうだ。ねずみ男・・・、こんなに凄いヤツだったのか。」

そのあとボクたちは意気投合して、その日は店を閉めるまで2人でしこたま酒を飲んで、しこたま語った。店を出るとき、ふと不安になり、「どこに宿をとっているの?」と聞くと、宿は小倉駅だという。えっ?小倉駅に泊まるの?
彼の話によれば、冬は夜警のアルバイトをしてお金を貯め、夏は野宿をしたり、駅に泊まったりしながら全国を回っているのだという。
それならばと、ボクは遠慮する彼を無理やりボクの家に連れて行った。

翌日、ボクが目を覚ますと、彼はせっせと庭の掃除をしていた。泊めてもらったせめてものお礼という。一宿一飯の恩義?本当に気持ちのいいヤツだ。
彼はそれから3日間ボクの家に居候。一緒に飯を食い、夕方になれば一緒に店で演奏をした。本当に楽しい毎日だった。
音楽をしていて幸せに感じるのは、こんなふうに思いがけずいいヤツに出会えるから・・・とボクは思っている。

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